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好きなら全力投球

アイドルとか舞台とかオタクとかのはなし

推しが2.5次元に出るともやる話

特にその俳優さんのことを意識していないときは何とも思わないのに、その人のファンになると途端に2.5次元舞台に出ることにもやるのはなぜか。

俳優ファンになるまでは、他の人が「早く2.5次元卒業してほしい」っていってる意味がわからなかったんですよね。
小劇場の舞台より、明らかに2.5次元舞台のほうが注目されているし、知名度は上がるのに、なぜそんなに嫌がるんだろう?って。


わたしはBさんのことを2.5次元舞台で知りました。そして、他の舞台(その作品以外の2.5次元、オリジナル舞台含む)を見たことがないのにBさんのファンになりました。

そんなわたしが、Bさんには今後2.5次元に出てほしくないなぁと思うのはなぜか。
2.5次元舞台を見て好きになったくせに何を言っているんだと思われるかもしれません。
自分でもそう思う時があります。今でもBさんが好きなのか、キャラクターが好きだっただけなのか、悩むときがあります。Bさんがやっていたのがその作品でイチオシのキャラだったせいもあって、Bさんにそのキャラを重ねて見ているだけではないのかと自問自答を繰り返す日々です。
2.5次元から舞台に入って、その後俳優のファンになったひとあるあるな気がするのですが、これについてはまた別の機会に。

念のため言っておくと、わたしは今でも2.5次元舞台が大好きです。むしろBさんのファンになってからの方が色々な作品を見に行くようになりました。
ただ、出演している役者さんについて、よく知らない作品の方がより純粋に楽しめるなぁと感じますね。
人を知ってしまうと、どうしてもキャラクターではなくその人として見てしまうからだと思います。


2.5次元については、ユリイカの特集で「2次元+0.5」なのか、「3次元-0.5」なのかという話題がありましたが、わたしは「3次元-0.5」だと思っています。
2次元舞台は、いかに違和感なくキャラクターを再現するのかが重要です。
3次元の、人間である俳優が、いかにキャラクターによせるのか。その出来によって、観客が物語に入り込めるかどうかが決まるのではないでしょうか。


わたしは2.5次元を純粋に楽しめたとき、演じている最中の役者さんのことはキャラクターとしてしか見られなくなります。
ときどき、生き写しかと思うほどそっくりな役者さんもいらっしゃいますよね。もともと似たところのある人を選んできているとは思いますが、「完全に一致」というほどに自分を作り込み、キャラクターになりきっているのは俳優自信です。

だから、「キャラクターにそっくりでした」というのは最高の褒め言葉だと思うんです。精一杯そのキャラを演じるために研究して、努力しているのですから。
時と場合を考えれば、ですが。


AKB48の経済学

AKB48の経済学

 女優の場合もキャリアの初期、特に子役で当ててしまったりすると、その役のイメージからなかなか逃れられずに足を引っ張られてしまうケースがあります。
 日本でいえば「家なき子」が大ヒットした安達祐実とか、「ホーム・アローン」のマコーレー・カルキンなどがそうでした。ショーン・コネリーなども、「007」シリーズのジェームズ・ボンドのイメージが強すぎて苦労したようです。
(中略)
 その意味ではアイドルは子役に近いものがあって、ごく若いうちに人気になってしまうために、人間性ではなく、記号として消費されやすい面があります。
( AKB48の経済学 朝日新聞出版 )

これは、女性アイドルについて論じたものですが、俳優についても同じことが言えると思います。
この場合はキャラクターという記号として消費されてしまうということです。

そんなことを言い出したら、役者はどんな舞台でも常に「役」というキャラクターが存在しているものではないか、と思われる方もいるかもしれません。
しかし、2.5次元ではその他の舞台に比べてキャラクターの存在が大きすぎるのです。

日常生活やその他イベントでもキャラクターらしさやキャラクターとしての話題を求められ、ストレートの舞台に出てもキャラクターとの共通点を探され、客の感想にもキャラクターの影があり…。
それは本当にその人のファンと言えるのか?その人のことをキャラクターとしてしか見ていないのではないか?ともやもやしてしまいます。

別に、その人の演じる役を、2.5次元のキャラクターしか見たことがなかったとしても、それでファンになったっていいと思うんですよ。わたしもそうですし。
その人のその役がすごく好きだったからと言って、その後の出演作まで追わなければいけない道理はありません。
ひとつの作品の思い出を大事にしていても、それはそれで立派なファンだと思います。

わたしが一番もやるのは、それを本人に伝えてしまうことです。
ツイッターで作品にまったく関係ない投稿にたいしてキャラクターのネタでリプライしたり、キャラクターらしさを求めているのを見るとものすごくもやもやします。

そのキャラクターはその人が演じた役のひとつでしかなくて、その人自身ではありません。
役に入れ込んでもらえるのは役者としていいことなのかもしれませんが、それがすべてだとは思ってほしくない。
その作品に対する感想以外の場で、キャラクターの名前を出してほしくない。
キャラクターとしてしか見ていないファンが増える気がして、推しが2.5次元に出るのはもやもやするのです。